知財おもうがままにロゴ

 【特許庁の方針. 今度はノウハウ管理を推奨】

2006-06-24 (土)
特許庁の方針. 今度はノウハウ管理を推奨

今、特許庁は、なんとかして出願を減らしたいようだ。
本来は特許出願を推奨することが責務のような部署であるはずだ。
それに特許出願が増えることは、国として結構なはずである。
特許出願が増え、国民の技術力が高まり、競争力を得、経済力を得、ひいては国力を高めるはずである。

過去、特許制度(特許法)は変遷してきた。
一貫しているのは、出願数を減らして特許審査の負荷を下げたいということだ。
これにより、充実した審査を行い、強い有効な特許を育みたいということ、そして審査にかかる期間を短くしたいということである。

古くは、出願公開制度と、審査が必要な特許のみの別途審査料を払わせる審査請求制度の導入が大きい。
さらには、公告率の高い企業を公表したり、一出願で複数の発明を含ませる多項制の導入などがある。
最近では、審査請求料を一気に2倍に値上げしたことが言える。

とにかく、早く(できれば1年以内)に審査を終えるには、一審査官の抱える審査件数を減らすことが最良と考えているようだ。
もっとも、審査官の負荷を減らすために、調査の外注なども行っている。

なにしろ、ゆくゆくは世界統一特許制度が視野にあるので、外国の制度(特に米国)と比較されることが大きい。

米国では、出願したものは全て審査されるにもかかわらず、日本よりもきめ細やかな審査が行われ、その期間も短いと言われている。
なにより、米国の審査官は、特許にさせようという積極的な情報をくれる。

それに対し、日本の審査官による審査は、特許法にある各種の拒絶理由を当てはめたが、残念ながら拒絶を発見できなかったので、渋々特許するといった感じである。

しかも、日本の審査官により特許された特許権は、無効にされる率が高いと言われている。
これでは日本の審査官は浮かばれない。
本来、最良の審査をしたいはずである。

そのようなわけで、出願数が増えることは特許庁としては素直に喜べなかったわけである。

しかし昨今、単に審査の負荷を適性化したいなどといったこととは別次元の、特許制度の根幹にかかる大きな弊害をかかえるに至っているのだ。

それは、電子出願制度が導入されたことが契機である。
電子化された特許情報は、容易に一字一句、自動的に特許庁のデータベースに蓄積されてゆく。

昔は、活字で紙出願された書類を、特許庁で更にタイプして公報にしていた。
だから出願書類と特許公報とでは、タイプミスによる齟齬(そご)があったものも見受けられた。
先願技術を一字一句調査するとなると、手めくりで公報を一枚一枚検索するしかないのだ。
昔の公報閲覧所での、部屋全体から発せられていたシャワシャワという音が思い出される。

それが、すべて電子データとなり、紙公報の発行すらなくなってしまった。
ペーパーレス計画の完成である。
今の公報閲覧所(工業所有権総合情報館)に行くと、たくさんの端末が置かれているだけである。
ここで見られる公報は電子データであるので、各種の検索機能が使える。
昔は、一企業の出願特許を調査するとなると、年別出願人索引を手めくりして、調べるか、高額な接続料を払ってパトリス等のデータベースで検索するしかなかった。
もちろん特許分類別しかり、今では特許庁で特別に付した審査官が使うような分類で検索することもできる。
至れり尽くせりである。
すごいデーターベースである。 
しかも、インターネットでこれらの情報を検索でき、入手できるのだ。
これが、特許制度の根幹にかかる大きな弊害を呼び込んだのだ。

このインターネット経由の特許情報を韓国、中国などが積極的に入手したのだ。
なにしろ、世界に冠たる日本の先端技術の粋(すい)が、現状の技術の問題、改善法、効果などに項分けされ公開特許の形で、しかも無料で入手できてしまうのである。

そして、これを実際に韓国、中国等の企業が製造に生かしているのだ。
公開公報というのは、審査されていない玉石混交の技術である。
これらに精通すれば、一研究所で開発に何十年もかかる技術が、あっというまに取得できてしまうであろう。

つまり、日本で生まれた種を、インターネットで手に入れて、韓国や、中国等の企業が畑に蒔き、収穫した製品を日本へ輸出するという構図だ。
しかも格安で。

この問題は特に大企業で、早くから問題として捉えていた。
キヤノン(注1)などでは、その本質をとらえ、先使用制度を拡充するという方針をあげていた。
インターネットでの検索を限定的なものにする対策も考えられるのではないかと思う。
だが、多少の不便を強いた程度のことでは、効果が無いばかりか、恩恵を受けている日本国内の開発者などにとっては、痛手である。
既に存在しているデーターベースからの情報入手を阻止することは現実的でないだろう。
そこで、ついに特許庁がガイドライン(注2)を出したのだ。
それは、特許の権利化が必須でない技術は、出願せずにノウハウとして管理してくださいというものだ。

ノウハウとして秘密にし、出願しなければ、公開されることもなく、当然他社に取り入れられることは無い。

しかし、ノウハウとし出願せずに済むのなら、なぜ今までそうしなかったのかといえば、出願しておかないと実施できないという恐れがあったのだ。

田中という会社が、Aという技術をすでに使っていて、その後、佐藤という他社が、同じAという技術を特許出願した場合、これが特許になると、田中社では、すでにAという技術を使っていながら、佐藤社から権利侵害と主張され、使用できなくなるおそれがあるのだ。
そこで、防衛出願という名の下に、権利化されそうな技術はすべて出願していたのだ。
そうすれば、先に公開されることで、間違いなく佐藤社の特許化を阻止できるわけだ。

これが高じて、先端技術の開示合戦になっていたということだ。

しかし今の特許法でも、先使用権(第79条)という制度があり、先の例で、仮に佐藤社が権利を主張しても、先に実施あるいは準備していたとして、実施権が確保される。
ところが、先に実施または準備していたことを立証することが難しく、先使用権が適用されるかどうかが判然としていなかった。

そこで、この先使用権を例を上げてわかりやすくしたものが、今回特許庁が出したガイドラインである。

ここには、ノウハウの立証なども記されている。
先発明主義である米国の制度に似たような感じだろう。
ちなみに米国では日本のような公開制度が無いので、技術漏洩の弊害はでていないようだ。
ガイドラインを読み始めているが、PDFファイルを印刷したところ269ページという膨大な量になり驚いている。
いずれにせよ、今回のガイドラインは日本における出願人の特許戦略を大きく変えることになるだろう。
 

注1: 企業経営における知財リスクと キヤノンの知財戦略
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/dai10/10siryou14.pdf

注2: 特許庁: 先使用権制度ガイドライン(事例集)の公表について−戦略的なノウハウ管理のために−
http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/pdf/senshiyouken/guideline.pdf

 特許庁:先使用権に関連した裁判例集
 http://www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/senshiyouken_jirei.htm

All Rights Reserved, Copyright © Yazawa Kiyoshi 2006